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深田久弥著 「日本百名山」より、
皇海山の前山の庚申山は馬琴の『南総里見八犬伝』の中に出てくる。関東では有名な信仰の山であって、徳川時代には栄えたらしいが、その奥の院が皇海山だったという。今でも山頂の東方に奉納の青銅の剣が立っていて、それには「当山開祖木林惟一」と記され、明治26年7月21日という日付が読まれる。木林惟一は東京庚申講の先達であって、この人が庚申山から皇海山に至る道を開いたのだという。
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山行状況 |
日程 |
2017/5/31 |
入山地 |
皇海橋 |
メンバー |
大島・Y・A
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行動時間
(休憩含む) |
5時間50分
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コース及びタイム |
横浜4:30-沼田IC7:05-林道入口7:30-8:20皇海橋駐車場8:35-中間点9:35-10:25不動沢のコル10:30-11:35皇海山12:25-不動沢のコル13:05-中間点13:45-14:25皇海橋駐車場14:40-林道入口15:30-沼田IC16:10-練馬-横浜18:30 |
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今年始めての日本百名山で、二人で登る62座目の山です。この時期に私たちが登れる日本百名山で、日帰りで登れる山はあまりありません。カミさんは足慣らしも兼ねての山なので、皇海山は丁度良さそうな山になりました。 |
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関越道の沼田ICから国道120号を走って行くが、栗原川林道入口がわかりにくい(2回目だが分からなかった)。林道に入るとほとんどが未舗装の悪路で、約20kmを50分走る。
皇海橋駐車場に8時20分到着。すでに10台ほどの車が駐車していた。橋の向こうと合わせて40台は止められそうです。 |
奧にあるトイレはキレイに使用されています。トイレットペーパーも備えられていた。 |
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8時35分、皇海橋を渡り歩き出して行く。 |
橋の向こうには、電信柱のような皇海山登山道入口の柱が立っています。 |
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5分ほど歩くと、皇海山登山道の道標があり、そこから山道に入る。 |
更に5分で、最初の沢を渡ります。 |
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水量はそれほど多くありません。 |
しばらくは、右に左に渡渉を繰り返しながら登って行く。 |
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その後、中間点までは、沢を右に見ながら登って行く。 |
9時35分、丁度1時間で中間点まで来ました。皇海橋から1.8kmで山頂までも1.8kmの中間点で少し広くなっています。 |
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中間点を過ぎると、熊笹の繁る坂道を登って行きます。 |
いくつもの沢が合流するガレ場に出てきます。 |
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多くは枯れ沢となっていたので、歩きやすかった。 |
更に枯れ沢を登ると、小さな二俣があり、水の流れる狭い沢にロープがあるので、そのロープ沿いに登って行く。 |
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狭い沢はそれほど急登ではなく、登りやすい。 |
沢を上り詰めると、皇海山の道標があり沢は終わりとなる。しかし、急登が待っていた。 |
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ロープがあるが、直線的に急登のようだ。段差も大きく女子には難儀な所であった。 |
ロープはあるが、足下は滑り、なかなか手強いので時間がかかる。 |
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10時25分、不動沢のコルまでやって来た。 |
南側には、鋸山の険しい山並みが見えるが、今回はいかない。 |
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不動沢のコルからは、しばらくは緩やかな道を登る。残雪も所々にあった。 |
山桜が咲いていた。残雪もあるほどなので、遅い春がきたようだ。 |
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薄いピンクの山桜。 |
2カ所ほどの急登には、ロープが張られていた。 |
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山頂の東には、青銅の剣が祀られていた。 |
青銅の剣には、庚申二柱大神と記されていた。深田氏によれば、明治26年7月21日の日付のようだが。新しくも見えるが当時と同じ物なのでしょうか…。 |
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皇海山山頂です。丁度3時間でした。 |
夫婦で登る日本百名山62座目です。残りの山が少なくなってきたが、大変な山ばかりが残っているので、無事完登出来るでしょうか。 |
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皇海山山頂での記念写真です。 |
下りも大変です。 |
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ロープを頼りに下ります。 |
下りは得意で快調に下ります。 |
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渡渉を繰り返す |
14時25分、下りは2時間で無事に降りて来ました。
帰りは、沼田IC手前の道の駅 白沢にて買い物しながら帰りました。 |
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