深田久弥著 「日本百名山」より、
私は初めて岩木山に登ったのは、35年前の夏であった。弘前からバスで百沢まで行った。この百沢がお山参詣の表口で。「奧の日光」と言われる岩木山神社がある。旧津軽藩の世々の殿様が尊崇した社である。私はそこからさらにトラックに便乗して、岩木山の裾野を縫いながら上ったところにある岳ノ湯まで行った。今はどうなっているか知らないが、私の時にはまだ電気もない素朴な山ノ湯で、湯は豊富で熱かった。湯治客が掻木(かいき)と称する柄杓のようなもので、のべつに頭に湯をかけているのが珍しかった。 |
|||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||
東北遠征3日目、酸ヶ湯温泉を6時に出る。津軽岩木スカイラインの開場が8時なので途中の「道の駅いなかだて」にて、トイレ休憩を取りながら岩木山に向かう。弘前城を左に見ながら進むと、岩木山が右手に大きく見えてきた。津軽岩木スカイラインが近づくと深田久弥が昔に入浴したであろう、嶽温泉(岳ノ湯)が右に見えてくる。開場前のゲートに数台の車両が並んでいた。開場が少し早めになり、8合目駐車場まで車を進める。 |
|||||||||||||||||||||
弘前の市内を通り抜け、岩木山神社の前を通り段々と大きくなってきた岩木山を右に眺めながら嶽温泉近くにて写真を撮る。 | |||||||||||||||||||||
津軽岩木スカイラインのゲート前に7時半頃到着したが、ゲート前には数台の車が待機していた。8時開場の予定が少し早まり、8合目駐車場まで登って来る。 登って来た車のほとんどが登山の支度をし始めていた。私たちも遅れてはならずと、登山の準備をする。そのうちにリフトが動き出すと数組の登山者達がリフトから登り出す。 地図を見ても上のリフト駅まで歩いても30分で登れるのに、リフトではさすがに登れない。ここ八合目からでも短縮コースでありがたいと思っているのに、これ以上手も抜けない。 |
|||||||||||||||||||||
登山道は、トンネルのような木々に覆われた道を登る。 | |||||||||||||||||||||
35分でゴツゴツとした岩場に出る。リフト乗り場の駅から降りて来た分岐に出る。 | |||||||||||||||||||||
のんびり登ってもこの分岐まで35分できたが、横のベンチには先ほどリフトで登って行ったはずの夫婦が座っていた。駅から降りて来ただけなのに、もう休憩です。 | |||||||||||||||||||||
鳥の海噴火口まで来ました。後に見えるのがリフトの駅と左の山が鳥海山です。 | |||||||||||||||||||||
火口壁から鳥の海噴火口を覗きながら写真を撮ります。 | |||||||||||||||||||||
岩木山のガレ場の急登の下の鞍部に、鳳鳴ヒュッテが見えて来ました。 | |||||||||||||||||||||
秋田県立鳳鳴高校の生徒4人が、昭和39年1月6日の厳冬期に岩木山からの下山途中に遭難した。このヒュッテは、このような悲劇が再び起こらないように、冬期登山の避難小屋として、全国から寄せられた善意を基に岩木町が建設した、との事が記されてあった。 | |||||||||||||||||||||
小屋の脇からガレ場の急登が始まっている。 | |||||||||||||||||||||
大きな岩がゴロゴロとして非常に上りにくいのか、カミさんはヒーヒー言いながら登って行く。 | |||||||||||||||||||||
山頂からは鳥の海噴火口がよく分かります。 | |||||||||||||||||||||
岩木山の石柱の山名標識は三角点脇に倒れていましたが、立派な銘板が入り上には鐘が吊されたモュニュメンとが立っていた。 | |||||||||||||||||||||
山頂は広いがゴロゴロとした大岩があり歩きにくく、移動が大変だが東側には岩木山神社の祠と鳥居が鎮座していた。 | |||||||||||||||||||||
山頂からの眺めは抜群で、はるかなる水平線が地球が丸いということを教えてくれている。 | |||||||||||||||||||||
山頂に40分ほどのんびりと過ごしてから下山した。この東北遠征の3日間は晴天に恵まれて、岩手山、八幡平、八甲田山、そして、岩木山と4座も全て快晴の中で楽しい登山ができました。お日様に感謝です。 | |||||||||||||||||||||
下山後は、深田久弥氏も入ったという、嶽温泉に行く。この岳ノ湯が、嶽温泉のどこかにあったのではないだろうか。今の嶽温泉の中には、岳ノ湯いう温泉宿は無い。 山のホテル日帰り温泉には500円で入浴できました。ちなみに11時半頃行ったのですが、11時からの営業でお昼前なのに入浴することが出来ました。 入浴後は、東北道を南に横浜まで帰るだけだが、これまた遠い。昼を食べ休憩を取りながら下るが、福島で大雨に降られて、国見SAにて雨降りと夕食休憩を長く取り、深夜割引で、夜中の帰宅となりました。 |
|||||||||||||||||||||
岩手山-八幡平−八甲田山−岩木山 | |||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||