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山梨百名山><大月市秀麗富嶽十二景

山行状況
日程 2016/12/20 入山地 笹子トンネル
メンバー 大島 行動時間 2時間25分
コース及びタイム
横浜5:00-大月-7:05笹子峠通行止めゲート(駐車)7:20-笹子トンネル7:35-新道分岐7:55-巨大鉄塔8:15-8:35笹子雁ヶ腹摺山8:45-尾根道分岐8:55-笹子トンネル9:30-9:45笹子峠ゲート(駐車)9:50-矢立の杉10:00-大月市市営総合グラウンド

 12月3日(土)に滝子山から高川山を縦走したが、その時は気温が高く、汗をかいたまま薄着で電車に乗り帰ったせいか、次の日から咳が止まらなくなって1週間以上調子が悪い日が続いていたので、今回は年齢を自覚して、低山ハイクで笹子雁ヶ腹摺山を選んだのだが、やはりひと山だけではもったいないと近くの百蔵山へも足を伸ばす事にした。

 笹子雁ヶ腹摺山の山稜は、その昔、甲州街道最大の難所であった笹子峠の北東にある。その山稜の下には中央高速道笹子トンネルや国道20号、現在の甲州街道の笹子トンネル、JR中央本線笹子トンネルなど交通の大動脈が山を貫いており、昔も今も首都圏と甲府盆地をつなぐ、交通の要衝であることに変わりはない。

笹子峠通行止めゲート  中央高速大月インターを降り、笹子駅を過ぎて甲州街道新笹子トンネル手前から左の旧甲州街道へ入る。
 矢立の杉の大看板を見ながら更に登って行くと、全面通行止めのゲートがたち塞がっていた。山梨県内の林道は冬期封鎖が多いのは知っていたが、まさかこの笹子峠も封鎖されているとは全く考えてもいなかった。
 さあどうしよう笹子トンネル登山口まではまだ暫くありそうだ。今日は中止して百蔵山だけにするか一瞬悩んだが、ナビでを見ると笹子トンネルまでは30分も歩けば行けそうだと思い、登る事にした。
 ゲート下でUターンして広い場所に駐車する。朝食のパンを食べてから、7時20分出発した。 笹子峠通行止めゲート下に駐車
林道の歩く  この時間でも林道は乾いていて凍結の様子は見られないが、安全のため林道封鎖しているのだろうか。
 地図を見ると笹子トンネル手前の林道が南に延びているので、ここから直接登る事にした。大分ショートカットのようだ。 笹子トンネル手前を直登する
 笹子トンネル登山口  登った所が笹子トンネル登山口であった。本来ならばここの駐車場までこられたはずが少し残念であったが、それでも15分でここまで来ることができた。
 昭和13年に完成した笹子トンネルは、昭和33年、新笹子トンネルが開通するまで山梨、長野から東京までの幹線道路として活躍していた。と記述があった。 笹子トンネルの歴史
笹子峠  笹子トンネルの右側から登り始め10分ほどで笹子峠まで来る。ここから右の急な斜面をトラロープやクサリで登り始める。
 その上では、木の根やクサリに頼りに滑りやすい急な斜面を登っていく。 クサリの急登
尾根道と新道分岐  笹子トンネルから20分ほどで、尾根道と新道との分岐まで来る。南斜面の緩やかそうな新道から行く事にして、帰りに尾根道から下ることにしよう。
 分岐からすぐの所に送電鉄塔がある。 64号鉄塔
鉄塔下から笹子雁ヶ腹摺山が見える  送電鉄塔からは笹子雁ヶ腹摺山が近くに見えていた。
 南斜面の樹林帯はほとんどが落葉となって見通しが良く、緩やかな登りで歩きやすい。 緩やかな登りの登山道
 巨大鉄塔  分岐から20分ほどのんびりと歩いてくると、大きな鉄塔が現れる。
 その鉄塔の下から笹子雁ヶ腹摺山の姿が、目の前に出てきた。 笹子雁ヶ腹摺山へ最後の登り
笹子雁ヶ腹摺山へ最後の登り  最後の登りです。低山といえどもやはり息が切れます。鉄塔から20分頑張って登りました。
 笹子トンネルから60分、8時35分笹子雁ヶ腹摺山山頂です。 笹子雁ヶ腹摺山山頂
 笹子雁ヶ腹摺山 秀麗富岳十二番 四番山頂  大月市指定の秀麗富岳十二景の絶景ポイント 四番山頂ですが、今朝の富士山は機嫌が悪いのか雲に隠れて見えません。
 山頂の東側からの写真です。ベンチが一つあるが、あまり広い山頂とはいえません。 笹子雁ヶ腹摺山山頂は狭い
 尾根道から帰る  山頂では富士山も見えないので、10分ほどでサヨナラして帰路は、尾根道から帰ることにしました。
 尾根道は狭く北側が落ち込んでいて、覗くと怖いほどの崖となっていた 尾根道
 尾根道  緩やかにアップダウンがあるが、新道の落ち葉で滑る道と違い歩きやすい登山道です。
 当初予定の2時間弱の予定を30分ほど延びたが、それでも、10時前に矢立の杉まで来ることが出来た。この看板の前に駐車出来たので見に行く事にした。 矢立の杉
矢立の杉    40〜50mほど下った所にベンチがあり、その前には歌手の杉良太郎が歌にも唄われた縁もあって、寄贈された石碑と身代り両面地蔵菩薩がまつられていた。
  樹齢1000年を超す矢立ての杉は、戦国時代合戦に赴く武士が必勝を祈願して、この木に矢を射ったことから、その名前がついたと云われている。 矢立の杉
矢立の杉  幹の空洞内は昭和4年の火災で木炭化しているが、江戸時代末期の浮世絵師・葛飾北斎や二代目歌川広重の名画にも残されているなど、古来有名な木であるとともに、スギの巨樹として県下有数なものであるらしい。
 
 この杉を見た後、20号線を東に走る。百蔵山へ登るため大月市営総合グランドまで移動した。

 百蔵山へ

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