深田久弥著 「日本百名山」より、 こしの中山と呼ばれただけあって、妙高山は越後の名山である。越後富士とも称せられる。越後のみならず、私は日本の名山だと思っている。その均整のとれた山容の気品と言い、ドッシリと安定した量感と言い、のびやかな裾野の雄大さと言い、名山としての名に恥じない。 |
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御嶽山噴火の被害に遭われ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。 28日の朝、高谷池ヒュッテから黒沢池ヒュッテに向けて歩いていたときに、黒沢池ヒュッテから登って来た登山者の方が、昨日27日に、「御嶽山で噴火があって大勢の登山者が噴火に巻き込まれたらしい」と教えてくれた。 紅葉シーズンの土曜日のお昼時のことだったようだが、その時間には、私たちも火打山の山頂で昼食をとっていた時間なので、同じ紅葉を見に山に登っていたのに・・・。 現在も警察・自衛隊や消防も全力を挙げて行方不明の方の捜索・救助を続けておりますが、噴煙や雨風の中での勇気ある活動に携わっている方々に敬意を表します。 |
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昨夜は早々に寝たので、3時には目が覚める。テントの外では、早立ちの人達が動き出している。 私たちは4時起床、朝食を済ましテントを撤収した後、高谷池ヒュッテを出発です。 高谷池の向こうに火打山が朝焼けに染まっていました。 |
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高谷池ヒュッテを出て、指標を真っ直ぐ行くと火打山、右の妙高山へ歩いて行く。 | |||||||||||||||||||||
しばらくは、大きな岩がゴロゴロとした歩きにくい道を登っていくが、すぐになだらかな道に変わり登り続ける。 | |||||||||||||||||||||
30分ほどで、茶臼山の指標が見えてきた。ここからは下りのようだ。 | |||||||||||||||||||||
黒沢池が下に見えてきた。三田原山の向こうに顔を出しているのは、妙高山のようだ。 | |||||||||||||||||||||
黒沢池ヒュッテに6時40分、高谷池ヒュッテから55分かかった。ここに荷物をデポして、サブザックに必要な物を詰め替えて登る事にした。 テントは4〜5張りしか無かったが、昨日の高谷池ヒュッテでのテン場の混み具合からしても、すでに多くの人達がテントを撤収して移動を始めているようだ。 |
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緩やかな登り坂を登っていく行くが、ここでも赤や黄色に色づいた木々がきれいだ。 | |||||||||||||||||||||
大倉尾根まで30分ほどで登る。紅葉の向こうに妙高山の端正な山容が見えてきた。なかなか姿形は素晴らしいが、見るからに急登が続き、厳しそうな登りである。 | |||||||||||||||||||||
妙高山を目の前に一旦は下る。その下りもロープを伝いながらの下りが続いていた。 | |||||||||||||||||||||
青空と紅葉の中に、長助池が見えてきた。 | |||||||||||||||||||||
長助池分岐までくると、登山者達が休んでいた。これからの急登を考えると、一息入れないと登るのは大変そうだ。 | |||||||||||||||||||||
私たちも10分ほど休憩した後に、気合いを入れて登り出していく。 | |||||||||||||||||||||
急登の連続で、何組もの登山者に追い抜かれる。 | |||||||||||||||||||||
1時間以上も登り続けただろうか、山頂らしき尾根が見えてきた。下って来た人には、「あと少しで岩場が終わるよ」と教えてくれる。 | |||||||||||||||||||||
山頂にたどり着きました。9時35分到着した。大勢の登山者達で、賑わっていました。 | |||||||||||||||||||||
西には、北アルプスが雲の向こうに雄大な姿を見せてくれていた。 | |||||||||||||||||||||
昨日ガスに覆われていた火打山も影火打から焼山を従えるように山容を現し、紅葉のドレスをまとったようにきれいに見え存在感を増しておりました。 | |||||||||||||||||||||
北東には、苗場山等々の山塊が雲海の上の浮かんでいました。 | |||||||||||||||||||||
山頂にてコーヒーを飲みながらのんびりとした後は、急な下りを慎重に下りながら、帰ることにします。 大倉尾根の下から名残惜しそうに振り返りながら、妙高山の端正な姿を眼に焼き付け帰ります。 |
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黒沢池ヒュッテに戻り、昼食休憩を済ませてから、黒沢池方面から帰ります。 | |||||||||||||||||||||
黒沢池を右に見ながら、木道を進む。9月も終わりだが、木道歩きは暑いほどの陽気だ。 正面には黒沢岳が見えて来ました。 |
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黒沢池ヒュッテから30分も歩いただろうか、右側に丸太を組んだ小さな橋が見えてきた。ここを渡り、一旦は林の中に入って行く。 | |||||||||||||||||||||
富士見平までは緩やかだが、登りとなっており、だんだんと歩みが遅くなってきた。それでも富士見平まで45分で歩く。 | |||||||||||||||||||||
富士見平を過ぎいよいよ下りである。大シラビソの林を抜け、十二曲りを下って行くと、燃えるような紅葉の林が続いていた。 | |||||||||||||||||||||
十二曲りの厳しい下りを慎重に下っていくと、沢の流れの音がだんだんと近くに聞こえてきた。黒沢橋まで降りてきた。 | |||||||||||||||||||||
黒沢橋からは、木道の緩やかな下りを歩いて行くだけである。 | |||||||||||||||||||||
笹ヶ峰駐車場に15時35分に帰って来ました。今日も長い一日でしたが、素晴らしい快晴の下、火打から妙高山塊の紅葉が堪能出来て最高な山旅でした。 帰り際には、苗名の湯の日帰り温泉にて汗を流してから、上信越道、関越道、そして環状8号を通って無事横浜で帰りました。 |
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