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津久井城山は、中央高速・相模湖から降りて横浜に帰り際、津久井湖を通る時いつも気になっていた品の良さそうな姿形の良い山があると思っていたが、山と渓谷社・「神奈川の山」に載っている山だとは気がつかなかった。夏も終わり、秋も深まる今日この頃高い山にはいけそうに無いので、低山ハイキングを近くの山で探していたら、津久井城山・草戸山・中沢山が見つかり、早速出かけることにしました。 |
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津久井湖観光センター駐車場に6時50分ごろ到着したが閉まっていて中に入れない。しかたがないので、先のコンビニで7時過ぎまで軽い朝食休憩とした。 その後、戻ってみると開園していたので駐車することにした。今後は他の駐車場に行くときには注意しよう。 7時30分出発する。 |
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駐車場のすぐ目の前が、城山への登山口となっていた。この時間は通勤時間となっていたので、渋滞するほどの車の流れである。 | |||||||||||||||||||||
すぐに6角形の東屋が見える。この東屋を右に見て左の道を登っていく。 | |||||||||||||||||||||
登山道には、樹齢120年といわれているヒノキの林が続いていた。江戸時代の末期に、伊豆韮山に代官で洋学者としても活躍していた江川太郎左衛門という人が植林したといわれています。 |
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ヒノキの林をさらに登って行くと、危険箇所はないが1カ所だけこのような、クサリのついた場所にでる。 | |||||||||||||||||||||
稜線の分岐まで、30分もかからないで登る。その分岐を一度左に降りていくと、5分ほどで鷹射場展望台にでる。 | |||||||||||||||||||||
鷹射場展望台からは東に相模原の町並みが見える。更にその向こうには、雄大な展望で、遠く都心のビル群とスカイツリーまで見えていた。 | |||||||||||||||||||||
鷹射場から城山方面に戻ると宝ヶ池にでる。この池は、城を造るときに水の確保はいつでも水が湧き出ているが需要だとと、山城の必要絶対の要件だったようだ。 | |||||||||||||||||||||
昔の狼煙場・鐘突台の跡らしい。今は展望台として、丹沢から石老山まで見渡せる。 | |||||||||||||||||||||
飯縄神社を過ぎて、堀切という昔からある古城跡の名残の堀跡を通って、本城曲輪という津久井城の中心部、典型的な山城の天守跡に出てきた。 誰もいない城跡にはモミジの大木が紅葉して、さらさらと落葉し城跡をきれいに包み込んでいた。 |
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この石碑は、1800年代にこのお城の歴史を書き記した石碑のようだ。 鎌倉時代に三浦一族によって築城されてからの歴史が書かれている。お城が好きな人には、石碑の文字が下の説明文に記されているので、必見だと思います。 |
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本城曲輪の下にトイレがある。その脇からは津久井湖が見えていた。 これから行く、草戸山から関東ふれあいの道の稜線が見える。 |
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帰りは、登って来た小網口からではなく、反対側の南側から諏訪神社に向かって下ってきました。 引き続き、太井交差点から草戸山に向かいます。 |
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草戸山から中沢山へ |
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